人は数字に振り回され、生活をしている。

日常生活は、数字であふれかえっている。

今、何時❔ 電車は何時❔ 今日の気温は❔ 値段はいくら❔

もちろん、長い年月、人類の歴史と共に数は存在し続けている。

数がなければ、現在の生活は成立しない。

人類の発展には大切なのだが、気にしなくてもいい数字がある事を

知ってほしい。



今日の感染者〇〇 重症者〇〇 テレビのニュースを見ては不安を大きくしている。

中には、カレンダーに数字をメモして、見ては怖がっている人。

ニュースはニュースと冷静に見ている人でも、

自分の身近に起こる出来事には敏感になる。

親は、子供の成績の数字を見て、一喜一憂。

女の人は、体重計の数字を見て、ため息をつく。

高齢者は血圧の数字ばかりを気にする。

患者さんの中には、自分の希望する数値が出るまで、

血圧を測る人もいる。

とにかく、目の前に見えている数字に、振り回されてしまうのだ。

数字がなければ、社会が成り立たないので、必要不可欠ではある。

しかし、振り回され過ぎではないだろうか。

コロナの話でいえば、感染者数や重症者数、ワクチンの数ばかり気になる。

数字に気を取られず、自分がどう対処するかを考えてほしい。

子供の成績ではなく、本人の努力や優れているところを見てほしい。

高齢者も血圧の数字ばかりに気を取られず、生活全般から判断し、

健康管理を考えほしい。


今はパルスオキシメーターも、自宅にある世の中。

そして、必要であるかのような報道。

酸素飽和濃度の数値をみて、正しい判断が出来るのか、

対処方法を知っているのか、疑問である。

一般的な数値だけで、判断をさせることが、どれだけ危険で、無意味なことか。

売れればいいのか、と思ってしまうのは私だけなのだろうか。

酸素飽和濃度はもちろん必要な数字として判断基準にはなる。

しかし、医療者の私からすれば、聴診器で肺の空気の出入りの状態や爪の色、

呼吸回数など、あらゆる状態を見てから、判断をしていく。

血圧の値にしても、他の症状も合わせて、総合的に判断をする。

それが本来の活用の仕方ではないだろうか。


数字がなくなることはない。情報がなくなることもない。

せめて、振り回されずに、冷静に考える習慣を

一人ひとり、持つことで、数だけに振り回されず、

安心して過ごせることに、気が付いてほしい。

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